酵素が作り出す色素のはなし
植物の美しい花の色や毒々しく濃いキノコの色は、酵素によって作り出された「色素」によるものです。このような色素はどのようなもので、どんな酵素が作り出しているのでしょうか。
Pretty pigments
Issue 1 September 2000 by Vivienne Baillie Gerritsen
いちごアイスクリームはなぜあんなに鮮やかなピンクなんだろう、と思ったことはありませんか?あの色は着色料によるものです。自然に存在する天然着色料は食品工業で幅広く使用され、研究も広く行われています。人間が食品に色をつけるずっと以前に、植物の彩色は存在しているのです。そしてそのパレットにはたくさんの色が用意されています。ベタレインを例にとってみましょう。ベタレインは天然の色素でナデシコ目(Caryophyllales)の植物の中でのみ合成されています。この色素は、ホウレンソウや赤カブだけでなくサボテンやブーゲンビリヤなどの植物に存在します。また、意外にも種の離れた毒キノコ(テングタケ目, Amanita)でも合成されています。
大きい花の咲くマツバボタン(スベリヒユ科, Portulaca grandiflora)はベタレイン色素を含む人気の高い植物です。アメリカの植物学者、W.J.Hookerが1829年に南米のデサグアデロ1)で発見しました。「豊かな紫の色合い、そしてオレンジがさまざまに混ざり合った点が散りばめられている」と称賛しています。まぁ、彼の興味は自分の温室中のコレクションが増えることにあったわけですが・・・
ベタレイン生合成の鍵となる酵素はDOPA-ジオキシゲナーゼです。3,4-ジヒドロキシフェニルアラニンから黄色の色素、ベタラミン酸へ変換します。ベタラミン酸の運命はその後二つに分かれます。アミノ酸やアミンと縮合して黄色のベータキサンチン(λmax 480nm)になるか、cyclo-DOPA誘導体と縮合して紫のベータシアニン(λmax 536nm)になります。ベータキサンチンとベータシアニンはベタレイン色素の2つのサブクラスです。これらは細胞質内で合成され、小胞(液胞)に貯蔵されます。この合成は植物の分化の段階や組織の位置によって、非常に制御されています。
マツバボタンには多くの種があり、特有のベータシアニン・ベータキサンチン量を発現します。これによって、色としては白(色素無し)から様々な濃さの黄色、オレンジ、赤、紫までの範囲に及ぶ、豊かな多色パレットです。日本の科学者がこの色の多様性に惹かれて色素の遺伝学の研究を始めたのは、1920年代、色素の有機化学的な性質に関する知識のない時代でした。色というのは多くの重要な発見の核となるものです。メンデル(1822-1884)がさまざまに交配させた植物の果実や花の色を調べたことが、近代の遺伝学のベースとなっているのですから!
テングタケはベタレインを含むキノコですが、研究者、小説家はいうまでもなく、芸術家や伝統的な薬づくり(まじないも含む)など、多くの人を惹きつけてきました。テングタケは赤くてカサに白い点をもつ見慣れたキノコで、よく絵本などに登場します。ドイツの大晦日には「Gluckspilze」が捧げられる伝統があります。これはチョコレートとマルチパン 2) でベニテングダケをかたどったもので、幸運のプレゼントとして贈りあいます。多くの昔話はこのキノコと関わりがあり、土着の医薬やアジアの遊牧民による宗教的な祭りに関する多くの報告もされています。少量のテングダケは、大きさを歪めるような幻覚を引き起こすとも言われています。ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」を知っている人なら、キノコの上で水タバコをふかしているイモムシを覚えているでしょう。キノコより背が小さくなったアリスは、イモムシに体が大きくなる方法を聞きます。すると、「片方を食べればどんどん大きくなり、もう片方なら小さくなるよ」と教えられます。3)また、これらの幻覚作用のほかに、テングダケは多産のシンボルとしても見なされてきました。おそらく、子実体が地面から頭をだしてむくむくと広がっていく様子にあやかったものでしょう。
もうちょっと生化学よりに見てみると、ベニテングダケはベタレインの他に、二つ目の黄色の色素、ムスカフラビン(muscaflavin)を合成します。ローザンヌ大学の植物細胞学ラボのDr. Ursula Hinzのチームは、DOPAジオキシゲナーゼをベニテングダケからクローニングして、マツバボタンで発現させました。すると、DOPAジオキシゲナーゼがベタレインとムスカフラビンを両方とも合成できることを見出しました。この結果から、彼女たちは菌類の酵素反応はそれほど特異的ではないと考えました。実際、ベタレインの合成にはDOPAの4,5-開裂が必要ですが、ムスカフラビンの合成には2,3-extradiol開裂を含んでいるのです。そして、テングタケのDOPAジオキシゲナーゼはどちらの反応も行っているのです!さらに興味深いことに、この特殊な酵素は完全なオーファンで、これと似たタンパク質はまだ見つかっていません。
このような色素は何のためにあるのでしょうか?Ursula Hinzは「それは難しい質問です。色というのは、単に受粉のために昆虫を惹きつけているのかもしれません。しかし、ホウレンソウやビートの場合は花も緑色であまり目立ちませんし、風で受粉する風媒花です。」 何に使われているか、という質問なら簡単です。まず、アイスクリームなどのさまざまな食品を鮮やかに着色するために使われます。その他には、ベタレイン色素を含む植物の形質転換をする際に、DOPAジオキシゲナーゼ酵素自体をマーカーとして利用することが考えられます。これまで、ベタレイン色素は商業的にしか使われてきませんでした。たとえば、ワインの色合いを濃くするために添加されるといったことです。しかし、今後は遺伝子工学を利用し、黄色のゼラニウムや紫のラッパズイセンのようなまったく新しい観葉植物を彩る色素としてベタレインが活躍するかもしれません。
Cross-references to Swiss-Prot
DOPA 4,5-dioxygenase, Amanita muscaris (Fly agaric) : P87064
References
- Mueller L.A., Hinz U.G., Zryd J.-P.
The formation of betalamic acid and muscaflavin by recombinant DOPA dioxygenase from Amanita
Phytochemistry 44:567-569(1997) - Mueller L.A., Hinz U.G., Uze M., Sautter C., Zryd J.-P.
Biochemical complementation of the betalain biosynthetic pathway in Portulaca grandiflora by a fungal 3,4-dihydroxyphenylalanine dioxygenase
Planta 203:260-263(1997) - Trezzini G.F.
Génétique des bétalaïnes chez Portulaca grandiflora Hook
Ph.D. thesis; University of Lausanne (1990) - Musso H.
The pigments of fly agaric, Amanita muscaria
Tetrahedron 35:2843-2853(1979)
補足
MeSH
- Betalains - MeSH
化合物
酵素




