カブトガニと難聴のはなし
カブトガニに存在するタンパク質が、ヒトの難聴遺伝子の謎を解くヒントになります。
The Japanese horseshoe crab and deafness
Issue 4 November 2000 by Maria Kamarinos
ヒトの耳は洗練された複雑な組織で、外耳、内耳、中耳から成り、機械的なシグナルを非常に正確に電気的なシグナルに変換しています。外耳は比較的シンプルな構造と機能を持っており、中耳に向かって音波を集音するじょうごのような形をしています。中耳は音波を3つの骨(槌骨・キヌタ骨・アブミ骨)によって内耳に伝えます。内耳は耳の心臓部分ともいうべき部分で、音波を電気的な信号に変換し、聴覚神経を経て脳に送ります。
内耳は骨の複雑な網細工で、空洞は体液で満たされています。的確で正確に音波とバランスコントロールを処理出来るように、多くの部品が密に並んでお互いに相互作用できるようになっています。このような非常に複雑な構造から、音波を処理するためのキーとなるタンパク質を明らかにすることは大変なチャレンジです。しかし、最近の遺伝子による研究によって、このような難しい問題の解明ができるようになってきました。
難聴に関するタンパク質の研究は遅発性の優性難聴家系で行われ、ある遺伝子がヒトの14番染色体に存在することが分かりました。COCH1)遺伝子は550アミノ酸のタンパク質で、マウスとは94%、ニワトリと79%の同一性をもつ配列です。遺伝性の難聴をもつ7家族でこのタンパク質で保存されていないアミノ酸変異が報告されており、COCHが遅発性難聴の病因であることを裏付けています。また、すべての発症性のアミノ酸変異はこのタンパク質の100アミノ酸の範囲内にあり、このドメインが内耳のCOCH機能において重要な役割を果たしているようです。
このドメインはFactorドメインと高い相同性を持っています。FactorCドメインは古代脊椎動物のLimulus、日本カブトガニに存在します。FactorC(FC)はリポ多糖の結合によって活性化するセリンプロテアーゼ凝固因子で、凝固カスケードを開始します。COCHの中のこのドメインの役割は明らかでは有りませんが、カブトガニではC因子のH鎖に位置し、リポ多糖と結合することが示されています。FCドメインは4つのシステイン残基を含み、正しいフォールディングに重要なジスルフィド結合を形成しているかもしれません。このドメインのアミノ酸の変化がジスルフィド結合の形成を阻害して、フォールディングできないこともありえます。
COCHの3次元構造はまだ知られていませんが、アミノ酸配列から見つかるいくつかのポイントから、その構造を推測できます。まず、ヒトやマウスのCOCHのN末端領域はシグナルペプチドドメインであるので、分泌タンパク質のようです。このことは膜貫通ドメインを持たないことや、von Willebrand factor(vWF) type Aドメインと相同性のある2つのドメインがあることからも支持されます。Type Aドメインはホメオスタシスや免疫システムや細胞外マトリクスに必要なさまざまなタンパク質に存在します。インテグリンを除いては、type Aドメインを含むすべてのタンパク質は分泌タンパク質です。
「COCHが分泌されている」という予想するには十分な証拠が存在するわけですが、分泌された後には何が起こっているのでしょう?COCHは細胞外のタンパク質と相互作用し、内耳の構造的な役割を担っているのではないかと推測している研究者がいます。vWFは繊維状のコラーゲンI型とIII型に結合することが知られており、二つのType Aドメインの存在はこの推測を支持します。加えて、蝸牛殻(内耳の中の渦巻き状の構造)において二つの別のタンパク質COL1A2, COL3A1の発現量が多いこともあります。したがって、実験的な証拠は必要ですが、細胞外のタンパク質との何らかの相互作用に関わっていることは確からしいのです。
COCHに発症性の変異をもつ難聴患者において、興味深い臨床事例があります。それは、蝸牛殻の酸親和性の物質(おそらくグルコサミン)が存在するということです。この付着物は神経線維を収めているチャンネルに蓄積し、神経の変質を引き起こします。そのため、患者の難聴が遅発性あるいは進行性となっている可能性があります。COCHはこの欠陥タンパク質の蓄積によって直接的に沈殿を引き起こしたり、あるいは変異したCOCHと細胞外タンパク質の異常な相互作用によって間接的に沈殿物を形成している可能性があります。内耳におけるCOCHの正確な役割は完全には評価されていません。しかし、ここまで見てきたように、カブトガニの酵素やその他のドメインの機能を知ることによって、種の違うヒトの内耳がどう機能しているかという洞察を深めることができるのです。
Cross-references to Swiss-Prot
References
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