病気の匂いのはなし (Issue 114)
死が近づいた患者のベッドに丸くなるネコ・・ 第六感だと片付けますか?
A sickly smell
Issue 114 February 2010 by Vivienne Baillie Gerritsen
言葉だけがコミュニケーションの手段ではありません。その他にもメッセージを伝える手段は多くあります。コミュニケーション手段に関しては、すべての生物が発明家といえるでしょう。バクテリアは分泌する化学物質で情報を交換します。花は香りを作り出すことで授粉者を惹きつけます。多くの動物はフェロモンを放つことで相手を刺激することができます。さまざまな種類の分子を放つこともコミュニケーション手段の一つです。そして、放たれたメッセージを受け取るのはレセプター(受容体)の仕事です。レセプターはさまざまな組織や細胞器官で見つかります。そして各々が適合する分子を感じ取り、その情報をさらに伝えていくのです。たとえば、動物の中枢神経系がそうです。このような情報伝達の結果として、その個体が逃げるのか、身を守るのか、ダメになった食物を避けるのか、といった行動をとるわけです。このようなレセプターの中に、ある驚くべきレセプターがマウスの鼻から見つかっています。それは、ホルミルペプチドレセプターで、病気を嗅ぎとることができるというものです。

“The Nose” 1)
哺乳類の鼻はまるで交易所のようで、その処理によっては命に関わる重要性を持つ場合もあります。一日中、ありとあらゆる種類の分子を受け取り、その情報を処理し続けています。哺乳類の鼻腔でたくさんの種類のレセプターが見つかっています。もっと明らかなものとしては、良いものか悪いものか匂いを嗅ぎわけるレセプターです。この感覚は脳に伝えられ、結果としてどのように行動(たとえば、その場から逃げるのか、交尾を始めるのか、といったこと)すべきかが提案されます。しかし、もっと鋭敏なレセプターが、よく知られているフェロモンという匂い分子を嗅ぎ分けることの出来るレセプターです。これは、未来の交尾相手を性的に興奮させたり、恐怖感を植えつけたりします。ほとんどの哺乳類はフェロモン機構を持っています。ただ、ヒトは、そのシステムの名残程度しか持っていません。(実際、私たちが今もフェロモンの影響下にあることを現在まで誰も示すことはできていません)そして、最近、別の種類のレセプターがマウスの鼻から見つかりました。「ホルミルペプチドレセプター(formyl peptide receptor, FPR)」です。このレセプターは「病気」を検出するという驚くべき能力を持っているようです。
FPR自体は新しいものではなく、かなり以前から知られてきたものです。FPRは免疫細胞の表面で見つかっていて、バクテリアやウィルスのような外来物質によって分泌された基質に応答します。しかし、鼻腔のFPRははとても新しいものです。さらに、この特殊なFPRはおそらく齧歯目にしか見つかっておらず、かなり最近の進化の結果によるもののようです。これまで、7種類のFPRが調べられており、5つはマウスの鼻腔で見つかっています。残りの2つは免疫系にのみ存在し、ヒトの免疫系と共通の性質を持っています。
FPRは非常に大きなGタンパク質共役レセプターファミリーに属していて、細胞膜に埋まっています。鼻のレセプターのすべての嗅覚・非嗅覚レセプターと同様に、FPRも鼻の上皮細胞に樹状突起を伸ばした化学感覚受容ニューロンの表面で見つかっています。ニューロン細胞はそれぞれに固有のレセプターを持っているため、あるタイプのFPRはあるタイプの化学感覚ニューロンにだけ見つかります。FPR以外のレセプターも含めて数百個の化学感覚ニューロンはそれぞれのリガンドに応じて継続的に活性化され、脳は受け取った様々な信号を集計して情報を処理し、「こう動け」(あるいは動くな)という指令を出しているのです。
FPRがどんな種類の分子を結合するかを確かめた人はまだいません。もしこの特殊なレセプターが近くで病気の匂いがすることをマウスに知らせることができるとしたら、その警告物質はどんなものでしょうか? おそらく、ホルミルペプチドがそのリガンドでしょう。免疫応答と同じように、鼻のFPRリガンドもまた、いったん組織に侵入した外来物のホルミルペプチド類だと考えられます。しかし、普通は免疫反応は体の中で起こるのに、どうやってこのリガンドは齧歯目の鼻に届くのでしょう? 理由として、病気の動物が外敵のホルミルペプチドを汗や尿のような体液から放出しているのではないか、という説があります。そうすれば、近くにいる動物は体の外に出たその物質を嗅いで検知することができます。同様に、ダメになった食べ物自体もその嫌な匂いで検出できるので、避けられるというわけです。
「じゃあ、病気を嗅ぐ目的って何??」と疑問に思われるかもしれません。これは「回避」のための仕組みでしょう。もし、動物が病気を感じ取ったら、それは「そこを離れろ」という明らかなメッセージです。たいてい、同じ生物種の間での無意識の行動というのは、種を永続させるためのものです。生きている人間の病気を感じる動物に関する面白い話は多く語られています。そのひとつが、ロードアイランド(アメリカ)の養護ホームの廊下によく入り込む若い猫、オスカーの話です。この猫は、決まって死が近い人のベッドの上で丸まって寝るのです。この猫の行動を引き起こす「におい」あるいは同じくらい微かなものや、そのメカニズムについて、科学者たちは何十年間も心を奪われてきました。多くのことはわかってきましたが、まだまだ分からないことは残っています。私たちが何かを解明すると、自然がいかに良くできているかということ思い知らされます。そんな解明と驚きの繰り返しによって、人類の自然に対する嗅覚も敏感になっていくことでしょう。
Cross-references to Swiss-Prot
- Formyl peptide receptor-related sequence 1, Mus musculus (Mouse) : O08790
- Formyl peptide receptor-related sequence 3, Mus musculus (Mouse) : O88537
- Formyl peptide receptor-related sequence 4, Mus musculus (Mouse) : A4FUQ5
- Formyl peptide receptor-related sequence 6, Mus musculus (Mouse) : Q3SXG2
- Formyl peptide receptor-related sequence 7, Mus musculus (Mouse) : Q71MR7
References
- Formyl peptide receptors are candidate chemosensory receptors in the vomeronasal organ.
Liberles SD, Horowitz LF, Kuang D, Contos JJ, Wilson KL, Siltberg-Liberles J, Liberles DA, Buck LB
Proc Natl Acad Sci U S A106p9842-7(2009 Jun 16) - Formyl peptide receptor-like proteins are a novel family of vomeronasal chemosensors.
Rivière S, Challet L, Fluegge D, Spehr M, Rodriguez I
Nature459p574-7(2009 May 28)