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精子の嗅覚のはなし (Issue 115)

精子が卵子へ向かって泳ぐ長い道のり・・その道しるべの一つは「匂い」かもしれません。

love at first smell

Issue 115 March 2010 by Vivienne Baillie Gerritsen

新しい命を産みだすことは、生物すべてにとって必要なことです。菌類、バクテリア、植物、ヒトにいたるまで、どんな種であっても、子どもがが偶然創り出されるということはないのです。E.coliを2つに分裂させたり、雌しべを花粉で覆ったり、精子が卵子へ泳いでたどり着くためには、多くの分子によるシグナルやりとりが必要です。生命の始まりをスタートさせ、さらにうまく受精卵を成長させるための最も複雑で生化学的な経路は、「生命を生む」というシグナルを送ることでしょう。最近、ヒトの精子がどのように最終的な受精卵となるのか、ということに関して興味深い発見がありました。それは、精子がそこにある匂いを上手く嗅いでいるのではないかというものです。じゃあ、精虫には鼻があるでしょうか? いえ、ありません。しかし、表面に匂いを嗅ぐ受容体を持っており、それは同一ではないけれど鼻の嗅覚レセプターと非常に似ているというのです。これらの嗅いレセプターは、hOR 17-4として知られています。ということは、卵子は精子を誘惑するためにある種の香りを漂わせている? ・・ひょっとするとそうなのかも知れません。

何世紀も前から、ひとつの卵子のために一度に何億もの精子が射精されることは知られています。そしてこの現象から導き出される考えが、「きっと一個はたどり着いてくれるだろう」と導かれるのも自然なことです。しかし、受精のためには目に見えること以上のことがあるようです。精子は、目隠しをされて女性の子宮入り、ただ運命を神にゆだねているわけではありません。身をゆだねて通り抜けるには、その道は険しすぎる長い道のりです。それでも、実際には精子は入るべき卵管のある子宮の中を泳いでいき、さらに卵管の中を通り抜けて、粘液で満たされた卵子のもとにたどり着きます。

ウニのような生物種は、体の外で受精します。これらは観察や実験が容易なので、すでに科学者によく調べられています。このような体外での受精は、子孫を確実に残すためにはとても不注意だし、偶然をあてにしています。精子も卵子も広く危険の多い環境に放り出され、そこでお互いを探す必要があります。しかも早く受精する必要があります。そのため、配偶子(精子+卵子)に、お互いに認識出来るようにするためのシステムを持っています。このシステムにより、卵は精子がどちらに泳げばいいかがわかる、化学的なリガンドを撃ちだします。このようなウニの受精の仕組みを考えると、哺乳類の精子と卵子が同じようなやり方でコミュニケートして出会うということも偶然ではないように思えてきます。そして、この疑問は嗅覚レセプター、hOR17-4がうまく解明してくれるかもしれません。

匂いを感じるレセプターにはさまざまな種類があり、大多数は鼻の上皮細胞で見つかっています。レセプターは大きなGタンパク質共役レセプターに属しており、固有のリガンドや香り分子を結合すると活性化され、シグナル伝達経路の引き金を引いて嗅覚神経細胞のカルシウムイオンチャンネルを開閉し、最終的に脳に匂いを感じていることを伝えます。このような嗅覚レセプターが精子の表面でも見つかっています。hOR17-4がin vitro実験で特有の匂いによって刺激を受けたり阻害されうることは、hOR17-4が同じような機能をもっている可能性があります。

ブルゲオナール
PubChem image 64832

何かを嗅いだときに起こるシグナル伝達は同じかもしれませんが、精子には鼻も脳もありません。どうやって働いているのでしょうか?精子を卵子まで泳がせているものはなんでしょうか?言葉を変えれば、そのような移動が出来るようにする「匂い」があるのでしょうか?分からないことだらけですね。まず、hOR17-4が存在している場所は、精子が泳ぐための尾部の途中です。In vitroでは、hOR 17-4はブルゲオナールによって活性化されることが可能なようです。ブルゲオナールは香料工業で用いられ、スズランの花の香りをまねるために使われています。ブルゲオナールは精子を香りの濃度勾配の濃い方へ向かわせるだけでなく、鞭毛をより活発に波打たせて速く泳がせます。卵子、あるいはその近くの細胞は精子を惹きつけるリガンドと同じような分子を放出しているのでしょうか?卵子自身が実際に香るのでしょうか?

別の好奇心をそそる、最近の発見があります。hOR 17-4が鼻にも見つかったのです。しかも、ブルゲオナールに反応するのです!そうなると、いろいろな疑問が湧いてきます。香りの感覚は受精とつながっているのでしょうか?女性は香りという方法で男性を引きつけているのでしょうか?さらに、卵子が精子を引きつけているのでしょうか?これはとても興味深いところです。さらに、ウンデカナールとして知られる2番目のリガンドはin vitroにおいてレセプターを阻害することで精子に対して全く逆の効果をもたらしました。鼻の場合でも、葉っぱの香りのウンデカナール誘導体はブルゲオナールの匂いに対して鈍感にさせます!「精子が卵子に惹かれるのと同じ方法で、男性が女性に誘われている」と考えるととても面白いですね。ですが、そこまでは言えません。現在のところ、in vivoでは実証されていません。また、皆が欲しがるそんな化学物質、つまりは精子の鞭毛上のhOR17-4を活性化させるリガンドをまだ誰も見つけていません。

誰が誰を何を嗅ぎわけるかということ以外に、このような研究の結果は避妊や不妊検査に有用です。全ての精子が同じ嗅覚レセプターを持っているのなら、新しい避妊方法がデザイン出来るかもしれません。レセプターに結合するウンデカナールのようなアンタゴニストをデザインすれば、精子が卵子まで移動できないように目隠しをすることが出来ます。逆に、男性の精子がブルゲオナールのようなリガンドを嗅ぐことができるかどうかで、子どもが作ることができるかどうかを検査することができます。このような研究は、多くの仮説が含まれているとしても誰もが興味をもつ話題ですね。たとえば「一目惚れ」は存在するのでしょうか?もしかしたら「一嗅ぎ惚れ」もあるいは・・?

Cross-references to Swiss-Prot

Olfactory receptor 1D2, Homo sapiens (Human) : P34982

References

  1. Identification of a testicular odorant receptor mediating human sperm chemotaxis.
    Spehr M, Gisselmann G, Poplawski A, Riffell JA, Wetzel CH, Zimmer RK, Hatt H
    Science299p2054-8(2003 Mar 28)
  2. Olfaction: attracting both sperm and the nose.
    Vosshall LB
    Curr Biol14pR918-20(2004 Nov 9)
  3. Travis J.
    Human sperm may sniff out the path to an egg. (By a nose?)
    Science News, March 29, 2003

補足