サリドマイドのはなし (Issue117)
サリドマイドが胎児に与えた悲劇的な症状。その後の研究でセレブロンタンパク質との関係が明らかにされつつあり、特定の疾患には有効であることが分かってきました。
a short story
Issue 117 May 2010 by Vivienne Baillie Gerritsen
子供の頃、同じくらいの歳の女の子や男の子で、手が短めの子を見たのを覚えています。それほど多くは無かったですが、そういった子は普通に見かけました。しかし、生まれて間もなく死んでしまった赤ちゃんや、四肢と体の他の部分がひどく奇形したり欠落した子どもたちのことは知りませんでした。このような奇形はサリドマイドとして知られる医薬品が原因で、この子どもたちは「サリドマイドチルドレン」と呼ばれていました。私の母は、最初の妊娠時にサリドマイドを飲むことを断りましたが、他の多くの母親たちはサリドマイドをでつわりを抑えました。そして、サリドマイドと極度の奇形が関連付けられるのには時間がかかりませんでした・・ サリドマイドがどうやってこのような障害を起こすのかということは、長年の謎のままでした。今日、多くの仮説が立てられ、そのうちのひとつはセレブロンタンパク質(cereblon)がサリドマイドの直接のターゲットの一つであると分かってきました。
サリドマイドは、鎮静および不眠症・寒気・頭痛に対する薬として1957年にドイツの製薬会社から供給されはじめました。この会社が1954年に特許を取得しましたが、サリドマイドはサリンのような神経ガスに対する解毒剤として第二次大戦中、ドイツ人によって最初に合成されたと考えられています。1958年にイギリスの医学雑誌でのサリドマイドの副作用の報告や、この作用に関するさらなる調査までアメリカによる準禁止令にもかかわらず、サリドマイドは広く処方されました。
不幸なことに、サリドマイドは妊婦に与えられると悲惨な結果をもたらします。最終的には、サリドマイドは1961年にヨーロッパの市場から引き上げられました。この時から、薬品の認可を受けるためには妊娠時にも安全かどうかを調べるテストが必要になりました。英国政府は2010年1月に被害者に対して公式な謝罪を行いました。最初のサリドマイドチルドレンが見つかって50年後のことです。この謝罪は多くの、とりわけ最初に薬を服用した母親たちの罪悪感を和らげることとなりました。
サリドマイドはグルタミン酸の誘導体です。どうやってそんな小さな化合物があれほどの大惨事を生んだのでしょうか?答えの緒を見つけるまでに数年かかりました。サリドマイドがいったん摂取されると、体全体に広がります。さらに、特定の領域のDNA部分に、自分自身を挿入します。こうすることによって、遺伝子のプロモーター領域を阻害し、分化プログラムに関わるタンパク質(たとえば血管の形成など)の合成を失速させてしまいます。結果として、胚のなかの四肢の成長が阻害されてしまいます。しかし、なぜセレブロンタンパク質に干渉するのでしょうか?また、そのとき何が起こっているのでしょうか?
セレブロンはどの組織にも存在しますが、とくに脳の中で大量に発現されているようです。そのためにその名前の由来になっています1)。また、一次配列はLonドメインとしても知られています(ATP依存Lonプロテアーゼの中で特に保存されたドメイン)が、セレブロンがそのような役割を果たしているという証拠はありません。しかし、脳の中では、セレブロンは高伝導性のカルシウム活性化カリウムチャンネルのアルファユニットに結合することと、ニューロンの表面上での発現だけでなく、それらの集合化の役割も担っています。この役割は、適切な脳の発達に非常に重要で、特に学習や記憶に大切です。確かに、セレブロンの遺伝性変異型は記憶や学習の欠陥による軽度精神遅滞が起こることが知られています。
知性の形成における役割の他に、セレブロンが働いているらしい部分は、E3ユビキチンリガーゼ複合体です。おそらくこの複合体は発生や転写制御、あるいは両方を介して四肢の成長に重要です。まさにサリドマイドが引き起こす催奇性に関わる場所です・・・正しい四肢の発生のために重要な下流のパスウェイを、活性が変化したE3ユビキチンリガーゼが阻害あるいは異常な制御をします。実際、サリドマイドはセレブロン自体にも直接結合して通常の機能を妨げます。結果として、発生の経路は妨げられ、四肢の成長を止めてしまうのです。
このような知見は興味深いものです。認識や知覚に関する過程に関わり、さらに四肢の成長や欠陥の成熟のような重要な発生プログラムにも関わるターゲットタンパク質が見つかったわけです。記憶や学習に必要不可欠なプロセスに含まれるメカニズムが理解されれば、たとえばアルツハイマーや自閉症などの症状に対して、より良い知識や洞察を与えてくれるかもしれません。それだけでなく、セレブロンの三次元構造やその挙動を理解することが、催奇性のないサリドマイド誘導体のドラッグデザインを助けてくれるでしょう。サリドマイド自体、1960年代からも非常に慎重に処方されていますが、多発性骨髄腫やハンセン病の一部に対しては非常に治療効果が高いです。サリドマイドはとても暗い歴史を引きずっていますが、その将来には明るいスポットライトが当てられつつあります。
Cross-references to Swiss-Prot
Protein cereblon, Homo sapiens (Human) : Q96SW2
References
- Identification of a primary target of thalidomide teratogenicity.
Ito T, Ando H, Suzuki T, Ogura T, Hotta K, Imamura Y, Yamaguchi Y, Handa H
Science327p1345-50(2010 Mar 12) - Temporal and spatial mouse brain expression of cereblon, an ionic channel regulator involved in human intelligence.
Higgins JJ, Tal AL, Sun X, Hauck SC, Hao J, Kosofosky BE, Rajadhyaksha AM
J Neurogenet24p18-26(2010 Mar) - Dysregulation of large-conductance Ca2+-activated K+ channel expression in nonsyndromal mental retardation due to a cereblon p.R419X mutation.
Higgins JJ, Hao J, Kosofsky BE, Rajadhyaksha AM
Neurogenetics9p219-23(2008 Jul)
