体を守る繊毛のはなし (Issue119)
微生物は泳ぐために繊毛と呼ばれるしっぽのようなものを動かして移動します。この繊毛は、私たちの体の中でも利用されています。運動性繊毛は卵管の中を卵子を移動させ、味蕾の感覚性繊毛は味覚を脳に伝えます。最近の研究で、肺にあるこのような「しっぽ」は、感覚性と運動性どちらももっていて、有毒物質から体を守ってくれているようです。
a tail of protection
Issue 119 July 2010 by Vivienne Baillie Gerritsen
動くことはすべての生物に必要です。足の出現のずっと前に、運動するための「繊毛」1)という仕組みを自然界はあみ出しています。これによって個体自身が移動したり、動作を生み出すことが出来るようになりました。多くの真核生物の表面にみられ、運動性繊毛として知られるこのようなしっぽのような突起物は、原生生物を前に進ませたり、例えば、卵子を卵管(ファローピウス管)の中で子宮に向かって押したりすることができます。繊毛にはもうひとつの種類があります。それはたとえば、脳に味覚を伝える舌の味蕾のような、感覚性繊毛です。しかし、今世紀のはじめから、科学者たちはさらに3番目の繊毛を発見してきました。ある運動性繊毛は感覚性でもあり、その逆もまたある、という証拠が得られてきたのです。研究者たちは実例として、肺にある運動性繊毛が繊毛上の「味覚」レセプターによって、有毒物質を感じ取り、その物質を包みこんで排出して気道をきれいにしていることを確かめました。
-
肺上皮細胞の繊毛のSEM画像
Cilium - Wikipedia
何百万年以上前に、生物は有毒物質を苦い物として分かる能力を身につけました。本能的に、動物は苦い食物を吐き出します。それが生命を脅かすかもしれないからです。逆に、私たちは甘い物の多くはたぶん大丈夫だろうと知っています。なぜなら、それはおそらく糖分が豊富で栄養となるからです。しかし、私たちは有害物質を舌で感じ取る以外に、空気から吸入もしています。私たちの肺はこれらの有害物質(たとえば、バクテリアが生産する毒物も)を粘液でからめとるような反応をします。そして、からめとられた有害物質は肺に並んでいる上皮細胞表面にみられる繊毛によって排出されます。
繊毛は、顕微鏡を発明したオランダの商人、アントニ・ファン・レーウェンフック (Antonie van Leewenhoek, 1632-1723)によって最初に観察されました。彼は最初、亜麻布の欠陥を見つけるためにこの装置を作りましたが、それ以外の小さなものも観察しました。バクテリア、原生生物、精子などを観察し、ロンドン王室学会の“Philosophical Transactions”誌上で発表しています。今でこそ、彼は単細胞生物を示した最初の人だといわれていますが、当時は彼の考え方は王室学会ですぐに歓迎されたわけではありませんでした。200年ほどのち、スイスの解剖学者ツィマーマン (K.W. Zimmermann)が哺乳類の細胞表面の繊毛を発表しました。彼は繊毛の感覚器官としての役割を主張しましたが、ほとんど無視されてしまいました。1960年代後半にやっと感覚性繊毛の存在が知られるようになり、そしてさらに50年後の現在、科学者たちは感覚性繊毛と運動性繊毛のどちらも知ることとなったのです。
真の意味での「最初の発見」というのはありません。たいてい、ひとつの科学的な発見というのは苦労の末のいくつかの観察によるものであり、結果的に新事実として導かれるだけなのです。それら一つ一つの観察が画期的なものと言っていいのかもしれません。繊毛が感覚性、運動性を持つという最近の定説に関してもこのようなことが起こったわけです。本当は、100年前にツィマーマンが大部分のヒントを与えてくれていて、検討されていなかったわけですから。
まず、繊毛はどうやって物質を感じ取ることができるのでしょうか?原核生物の繊毛土とちがって、真核細胞の繊毛はその細胞表面に感覚レセプターがあります。最近、肺の冗費細胞にも感覚レセプターが見つかりました。特に、4種類のレセプターが同定されており、それらはすべて味覚レセプターに属しており、T2Rファミリーとして知られています。これら4種類のレセプターはGタンパク質共役型レセプターです。舌の味蕾でこれらのタンパク質が活性化されると、シグナルが伝達されて最終的に脳に情報が送られます。次に、脳はそれが苦い場合に、それは多分良くないものだよ、と個体にしらせます。このような味蕾のレセプターと脳の話であればとても簡単に理解できます。しかし、肺の上皮細胞ではどんなシステムが働いているのでしょうか?気管が匂いを感じることなんてありませんし、ましてや危険を感じるということには実感が湧きませんね。
この肺の上皮細胞のシステムは、中枢神経系とは独立して機能していています。これは脳に信号を伝える他の嗅覚や味覚と大きく異なる点です。さまざまな観察から、気管の繊毛が有害物質を認識すると、(それが未知の物質でも)シグナル伝達系がオンになり、細胞内カルシウム濃度が上昇します。この上昇に伴い、繊毛はより速く動きます。結果として、その物質は粘液に包まれて素早く吐き出され、肺は清浄に保たれます。さらに、繊毛上の4種類のT2R受容体の組み合わせは、幅広い有害物質の「毒見」を可能にしています。
このように、私たちの肺は危険な物質を「毒見」することだけでなく、それらを排除できるようです。これらの機能のどの機能が最初に現れたのか、ということについても議論が続いてきました。繊毛は最初は感覚性でその後運動性になったのか?あるいは、最初は運動性でその後感覚性となったのか?という議論です。すべては細胞の特定の方向に感覚レセプターが集まり、それが感覚受容とシグナル伝達においてより効果的なアンテナのような構造に伸びたところから始まったのでしょう。運動性を得るには巨大なタンパク質複合体を必要とするので、運動性はその少し後に現れたものかもしれません。どちらかがどちらかの性質を獲得した、というよりも、時間とともに繊毛は片方の能力を失って運動性あるいは感覚性の繊毛になったのでしょう。運動性の尻尾が先か、感覚性の味覚が先か・・・ いずれにしても、自分の体がさまざまなシステムによって守られているというのは心強いですね。
Related issues
Cross-references to Swiss-Prot
References
- Motile cilia of human airway epithelia are chemosensory.
Shah AS, Ben-Shahar Y, Moninger TO, Kline JN, Welsh MJ
Science325p1131-4(2009 Aug 28) - Cell biology. Using taste to clear the air(ways).
Kinnamon SC, Reynolds SD
Science325p1081-2(2009 Aug 28) - Sensorium: the original raison d'etre of the motile cilium?
Quarmby LM, Leroux MR
J Mol Cell Biol2p65-7(2010 Apr)