刺すだけじゃない、トゲのはなし (Issue120)
植物のほとんどが持っている毛状突起。生えている場所も形もさまざまですが、香りなどの化学物質を合成するなど、機能も多様です。この分化に関する転写因子群がシロイナズナで見つかり、多くのことが分かってきました。また、工業的な応用も期待されています。
more to it than meets the finger
Issue 120 August 2010 by Vivienne Baillie Gerritsen
芝生の中に大きなキュウリが生えてきました。先日そこに行って大きな葉っぱを脇へ寄せようとしたら、指に刺が刺さりました。茎に刺をもつ植物はよく知っていましたが、つい最近まで葉っぱにもあるとは気づきませんでした。初めて毛状突起(trichome)のことを知ったのです。調べてみると、毛状突起と私は長い付き合いだったようです。毛状突起にも色々あって、針を突き出したり、芳香を放ったり、ヴェルベットのような肌触りのするようなもの、あるいは、無精髭のように見えるものもあります。これらは私の育てているケシやゼラニウムにもありますし、イラクサやトマトにも生えています。また、息子の育てているサボテンやキュウリの幹にも生えています。実際、ほとんどの植物は突起を持っています。突起は葉や茎、花の表面から突き出ています。 毛状突起は、最初に観察されてから、科学者にも一世紀以上、ほとんど注意を払われて来ませんでした。しかし、突起は植物表面のとても重要な微細構造であることが分かってきました。そして、この突起の分化に直接関与するタンパク質があきらかになっています。それが、毛状突起分化タンパク質 (trichome differentiation protein)、GL1です。
20世紀の半ばまで、毛状突起は「植物の老廃物が貯められているところ」という程度に片付けられていました。これは重金属のような化学物質がそこで見つかったためです。結果的に突起は人間の尿、便、汗と同じようなものが集められる場所として考えられました。しかし、この小さな世界の中で起こっていることも明らかになってきています。突起は老廃物を集めることもできますが、たとえば、捕食者を避けるための化学物質や草食動物のタンパク質消化酵素を阻害する分子を合成していたり、色や匂いを作り出すことによって授粉媒介動物を誘ったりしています。バジルやタイムといったハーブを摘む時には、その時の香りが突起から放出されていることを思い出してください。
毛状突起にもさまざまな種類があり、長くて細いもの、短くてどっしりとしたものがあります。また、複数の細胞で構成されている突起や、単細胞の突起もあります。堅いものや柔らかいもの、分岐しているものや分岐していないもの、化学物質を合成するもの、しないもの・・・しかし、これらの多くの違いにも関わらず、その構造は昆虫や病原菌が表皮細胞に達するのを防ぐバリアーとして造られています。さらに、多くの植物はその表面に複数種の突起を持ち、その分布はそれぞれ疎らなものや密なものがあります。この突起の組み合わせがその種を生き残らせるために存在しているようです。これほどに多様なサイズ、多様な構造の突起の存在だけが科学者にこれだけ長い間「老廃物を捨てるため」と片付けられていたことは驚きです。
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シロイナズナの突起 Trichome(Wikipedia)
最近、シロイナズナ(Arabidopsis)で一つのタンパク質が詳しく調べられました。それは毛状突起の分化に直接関わっている、毛状突起分化タンパク質(trichome differentiation protein) GL1です。シロイナズナの葉の表面には、ヒトデが椅子に座って足を伸ばしているような特徴的な突起があるのですが、GL1が無いとその特徴が現れません。GL1はMYBファミリーという非常に大きな転写因子ファミリーに属しており、植物の分化プロセスや防御反応において制御因子として働いています。高等植物のモデルとしてのシロイナズナはそういった転写因子を100以上持っていると考えられており、それらは活動根本的に異なる動物の転写因子とも構造的に関係しています。GL1はかろうじて200アミノ酸残基の、それほど大きくないタンパク質で、転写因子に必須のDNA結合ドメインを持っています。
GL1は毛状突起の分化に必要ですが、それだけでは十分ではありません。実際、そのままではシロイナズナはそのトゲの突起を伸ばしません。さらに二つのタンパク質、GL3とTTG1(protein transparent testa glabra 1)の助けが必要です。これらの3つのタンパク質が複合体を形成し、それがGL2に結合してプロモーター領域に結合することで突起分化、分岐、伸長プロセスが始まります。ここでの実際の生化学的なプロセスはあまり分かっていませんが、突起形成のための複合体形成には厳格な順序があるようです。TTG1はすでに形成されているGL1/GL3複合体としか結合できません。また、GL1/GL3/TTG1複合体だけがGL2を活性化することができます。
長い間無視されてきたにも関わらず、現在では突起はモデルシステムとして理想的なものだとみなされています。独立したミニ化学工場として機能するからです。突起は植物のメインの維管束系とリンクしていません。突起はさまざまな化学物質を、容易に吸収できてエネルギー源としても出発物質としても利用出来るスクロースから合成します1)。そしてこれら合成される化学物質は分泌のために作られます。結果として、突起は生合成経路や植物の形態形成を調べるために適した部位となっています。さらに、これらの小さな化学工場はすべての植物の表皮にみられるため、原理的にはそれらを「摘みとる」ことが簡単です。このようなことから、研究者が突起部分を改変した化学物質や有用なタンパク質2)を大量に合成する小さな工場として用いることを想像するのに時間はかかりませんでした。
このような工学的な応用には将来性があり、しかも簡単です。ただ、異なる用途のための突起の機能に利用しようとしてもうまく行かないかも知れません。実際、その特殊な構造や生化学的な特徴が大量生産に適さない可能性があります。たとえば、多くの突起は合成した物質を貯めずに放出してしまいます。これはせっかく生成した物質を集めることを難しくするかも知れません。さらに、実際に突起の中で起こる生化学経路は非常に限られています。結果として、必要とされる新規な経路で物質を作るための基本となる条件が見つからないかもしれません。しかし、このような応用を開拓することは興味深いですし、さらに進歩させることができるでしょう。100年前にトゲのことについて知っていることは「指に刺さる」程度のものだったのですから。
Cross-references to Swiss-Prot
Trichome differentiation protein GL1, Arabidopsis thaliana, (Mouse-ear cress) : P27900
References
- Trichome distribution in Arabidopsis thaliana and its close relative Arabidopsis lyrata: molecular analysis of the candidate gene GLABROUS1.
Hauser MT, Harr B, Schlötterer C
Mol Biol Evol18p1754-63(2001 Sep) - Trichome morphogenesis in Arabidopsis.
Schwab B, Folkers U, Ilgenfritz H, Hülskamp M
Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci355p879-83(2000 Jul 29) - Harnessing plant trichome biochemistry for the production of useful compounds.
Schilmiller AL, Last RL, Pichersky E
Plant J54p702-11(2008 May)